1枚のチラシから始まった富士宮での農業 落花生を通じて、地域と農園の未来を奏でる

 

静岡県富士宮市には、古くからの食文化として、落花生を食べる習慣があると言います。旬の時期に近づく8月下旬ともなると、地域の直売所には落花生が所狭しと並び、それを聞きつけた住民が長い列を成す…そんな話を冒頭にしてくれた、やさし菜農園の谷﨑拓道さん。さぞ富士宮にゆかりがあるのだろうと思いきや、生まれも育ちも東京とのこと。この地そして落花生への出会いについて、今回お話を伺いました。

 

東京のミュージシャンが富士宮にたどり着くまで

 

私自身、もともと農業をやっていたのかというと全くそうではなく、東京でミュージシャンをやっていました。ボーカルだったんですよ、それで色々なライブハウスを回って。じゃあ農業とはどう出会ったのかと言いますと、実はその頃から「いつかはやってみたい」という思いがあったんです。それで当時から農業にまつわる研修があれば足を運んだり、農地を持つならどこがいいだろうと調べたり、少しずつですが準備を始めていました。

最終的に静岡県富士宮市に行き着くわけですが、これがまたかなり偶然で。たまたまその地を訪れた時に「農業をやりませんか?」というチラシを受け取ったんです。運命ですよね、それで実際に問い合わせて市役所へ足を運んだところ、すぐに条件に合いそうな農地をピックアップしてくれて。他にもこうした相談には行ったことがありましたが、「これだけ受け入れの体制が整っているところってなかなか無いな」と感じて引き込まれていきました。

 

手間がかかる上に、機械化のしきれない落花生の性

 

いざ富士宮市に引っ越してからは、しばらく“少量多品種”の農業を続けていました。その中の一つが落花生、というイメージですね。私も東京にいた頃は“ピーナツ””おつまみ”くらいの接点しかなかったものですが、ここ富士宮市においては地域の”食文化”。特に落花生が旬を迎える9月というのは端境期でして、夏野菜は収穫が終わり、冬野菜にとっては準備の時期。そういう意味でもちょうどいい作物でした。

ただ何が大変って、落花生はとてつもなく手間がかかる作物なんです。例えばキャベツなんかは究極、育ったものをもぎればそのまま売れる。それに対して落花生は、さやがうまっている箇所の土をおこし、もぎって、洗って、乾かして…最後に“選別”という作業があるのですが、ここが何より大切であり、人の手にしかできない。さやがちゃんとした大きさでも中身が空なんてこともありますし、それって外からじゃ見えませんよね。職人技じゃないですが、一日二日で判別できるようになる話でもないわけです。私たちやさし菜農園は夫婦で営む農園ですから、アルバイトさんを入れても3人。おかげで収穫の時期は朝6時から始めても日付超えるまで仕事をしている…なんてこともあるほどです。

 

落花生のことを未来を担う子どもたちにも伝えたい

 

それくらい大変な落花生ですが、食べてみるととにかく美味しいですし、地元の方にとっても大切な存在。地産地消と言いますか、そうやって地域に関わりを持つことができるのは一農家としても嬉しいです。元を辿れば私も東京から来て美味しさを知った人間ですが、色々試してみる中で、例えば生の落花生を塩の入っていないお湯で茹でて、素材そのものの味を楽しみながらお好みで塩をつけて食べる、なんていうのも私は気に入りました。あとは茹でた落花生を冷凍しておいて、砂糖醤油を絡めて食べるのもあまじょっぱさが病みつきです。試してみる機会があったらぜひオススメしたいですね。

とは言ってもなかなか市場に生の落花生って売っていないですし、今後はもっと“落花生”自体を知ってもらう機会を増やしていきたいなと思っています。観光農園っていちごや葡萄などだとイメージがつきますが、落花生でもやってみたいですよね。自分たちで収穫して、その場で茹でて、食べてみる。どう生えているか、どう収穫して出荷しているかがなかなか知られていないからこそ、そうした体験学習の機会も作れる農園になれたらと未来を見据えています。